1704年6月22日
琉球では康熙四十三年
今日の日付を、三百年ほどさかのぼって考えてみた。
1704年の6月22日。本土では、この年の春に元号が元禄から宝永に改まっているので、宝永元年の夏ということになる。
しかし、沖縄で暮らしていると、この数え方がそのまま当てはまらないことに思い当たる。当時の沖縄は琉球王国で、公式の文書には中国の年号が用いられていた。清の康熙帝の治世で、1704年は康熙四十三年にあたる。同じ一日が、海を隔てて別の名前で呼ばれていたわけである。
授業で年号を扱うとき、生徒たちには、年号は時間そのものではなく、時間に付けられた名札のようなものだと話すことがある。名札は、付ける人によって変わる。
この日に何か大きな出来事があったのかどうかは、手元の資料では確かめられなかった。おそらく、特に記録に残るようなことのない、ありふれた一日だったのだろう。那覇の港では船の荷が下ろされ、首里では役人が書類を書いていた。そのどれにも、二つの年号のどちらかが書き込まれていたはずである。
梅雨が明けて、窓の外は強い日差しになっている。三百年前の今日も、同じような空だったかどうかは分からない。
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